決断しました。


一、過去は消さない


「もったいなくないですか?」

たまに言われる。

「だって、せっかくこれまで積み上げてきたのに」

シネギミックという組織を立ち上げて、3年という濃密な時間を過ごした。毎日が進行形で、新しい発見や発想が生まれた。本来の引っ込み思案な性格からすれば、考えられないくらいの人脈も生まれた。

その「積み上げ」は、崩れないと僕は思っている。

創設時からずっと居座り続けた「代表」という肩書きは消えたけれど、それまで経験したことが頭から消え去るわけではない。むしろ中核から離れることで蓄積されたものが熟成され、別の視点と結びつき、化学反応を起こす可能性すらある。

人間関係だって、「シネギミックの代表」という肩書きとしか
付き合いのなかった人とは、今後の関係は薄れるだろう。しかし「シネギミックの代表をやっていた松岡厚志」という個人にアクセスしてくれた人たちとは、今後もきっと良いお付き合いになる。

それだけは間違いない。

過去を捨てるということがネガティブにとらわれがちであるけれど、僕はそう思わない。

捨てられない過去は捨てられないし、捨てたくない過去は捨てないし、すでになかったも同然の過去は捨てるというより彼方に消える。

むしろ次につながる希望の種と今後の教訓となる苦い思い出が研ぎ澄まされ、より鋭角なものとして体内に備蓄されていく。

捨てるというよりシェイプアップなのかもしれない。

「もったいなくないですか?」

もったいなくないですよ。だって、何も無くしませんから。


二、アウェイかどうか確かめる


東京はアウェイである。少なくとも、僕にとっては。

関西の片田舎出身の身からすれば、まったく得体の知れない敵地。なんとなく世界一の街。まさしく大アウェイ。

ホームに不平不満など何もない。だから、のこのことアウェイに出掛ける理由もない。むしろ得体の知れなさからくる防御本能が東京という地を「敵」に見立てていた。生まれてこの方、僕はずっとアンチ東京だったのだ。

しかし。

こんな話を、よく耳にする。

「東京の人って、冷たいよね」
「ボケても突っ込んでくれないし」
「ビルばっかりで息がつまるよ」

ほんと?

東京の人だって温かい人はいるだろう。大体「東京の人」って何さ。東京生まれ東京育ちの人間よりも、地方生まれ東京在住の人間の方が統計的には多いんじゃないか?

ボケても突っ込んでくれないと言ったって、ボケ突っ込みの文化は関西特有のものだし、東京の人はというより「関西以外の人は」の方が正しいんじゃないか?

ビルばっかりといったって、日本一緑が少ない街はむしろ大阪よ? 東京は計画的に公園を作っていて、緑は少なくない方なんじゃないか?

結局、僕の「アンチ東京」は無根拠だ。旅行や出張を除けば関西の地を離れたことはないし、なぜか敵視する東京に住んだことは恥ずかしながら一度もないのだ。

東京は、本当に敵か? たぶん、違うと思う。

だから、確かめてこようと思う。

東京はアウェイではなく、むしろもう一つの道「ア・ウェイ」かもしれない。

だから、実際に確かめてこようと思う。


三、中央の視点に触れてくる


「大阪だから言いますけど」

テレビのコメンテーターが、東京の番組では言えないらしい爆弾話を関西ローカルの生放送で喋っている。

なかなか公言できない際どい話を口にする勇気には感服する。しかし前置きが気に入らない。

「大阪だから」とは、どういうことか。

実際のところ、日本は「東京とその他」で出来ている。

大阪の人は「東京と大阪とその他」で出来ていると思っているし、名古屋の人は「東京と大阪と名古屋とその他」で出来ていると思っている。

しかしどの地にも立脚せず、外国人の視点で日本を見つめてみれば、やはり日本は「東京とその他」で出来ている。政治しかり、経済しかり、芸能しかり。

そしてその傾向は21世紀に突入し、ますます拍車がかかっている。地方の時代が叫ばれる今もなお。

およそ1000万人が暮らす世界有数の都市、それが東京であり、その内部に根を下ろすものはあたかも自分が中心であるかのような錯覚に陥るのだろう。

だから「中心」を離れ、「ローカル」と呼ばれる地方局の番組程度なら際どい話をしたこともバレないだろう、どうせみんな聞いてないだろう、そんな感覚に支配されるのかもしれない。

全国放送でも、東京ローカルでも、関西ローカルでも「公共の電波」であることには変わりがない。「送りっ放し」と書く「放送」とはいえ、誰かが録画すれば半永久的に世の中に残るのに。

それでも、それでも、東京で暮らせば「中央」の感覚に染まっていくらしい、ということを、僕はコメンテーターから教わった気がする。

「大阪だから言いますけど」

よし、分かった。そんな「中央の視点」に触れてやる。実際に東京で暮らしてみて、そういう物言いに自分も陥ってしまうのかどうか、その場に潜り込んでやる。

だからもし、僕が東京色に染まり、そんな発言をする日が来ようものなら、革の表紙を開いて叱って欲しい。時々、遠くで。


四、荒削りとは呼ばせない


ミュージシャンを目指す友人が、一足早く上京した。

「言うほど悪くないっすよ、東京」

その真意を尋ねてみた。彼の言い分はこうだ。

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関西でのバンド活動を振り返るに「ノリがすべて」であった。楽譜などあってないようなもの。その場のノリでセッションしていく、そんな感覚で音楽を奏でていた。

しかし東京は多民族国家。あらゆる文化的背景を持ち合わせた人たちが音楽という共通言語で触れ合うが、それぞれの地方ルールが邪魔をしてうまくいかない。だから「楽譜」という統一ルールをもとに音を重ね、音を生み、音を育んでいく。

関西にいたままでは荒削りのまま終わってしまう。

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脚色して言うと、そういうことらしい。

荒削りを荒削りと呼ばせない、次代のスタンダードになるような類稀な天賦の才が備わっていれば話は別。しかし「基本のない凡人」ほど荒いものはない。そこそこのレベルには達しても「そこそこ」を突き抜ける力量がない。

大事なのは、やはり「基本」。音楽で言えば、例えば楽譜。それを分かった上で、そこからいかに逸脱するかで「いいもの」が生まれるのだ、きっと。

文章を書く。

僕はそういうことで生きていこうとしている。関西ではそこそこ自己流に、荒削りのまま「近いこと」はできている。しかし本質にはほど遠い。自分の理想とは近いようで、その一歩が遠い。

「言うほど悪くない」東京で、僕は、僕の目指す舞台の統一ルールを体得してこようと思う。

もう荒削りとは呼ばせない。


五、ニュースをつくる


ニュースをつくる、という考え方はとても重要だと思っている。

ニュースとは「差異」だ。メディアが報じる価値のある、過去にない新鮮なネタだ。他とは違う特異なもの、を僕たちはいつも求めている。

人と同じ物を生んでもそこに価値はないし、あるとすれば「同じ物を生み続けた長年の苦労」くらいだろう。

ニュースをつくるためには、それがニュースになるかどうかの予備知識が必要だ。湯船に浸かりながら「いいアイデアが浮かんだ」と嬉々として周囲に漏らしたところで、それが「すでに世の中にあるアイデア」だと分かったときの恥ずかしさといったらない。

いいアイデアを生み出すためには、そういう失敗も含めて「数を打つ」ことが必要なことも分かってる。しかし、ショートカットできるに越したことはない。今、何が新しく、何に価値があり、何が必要とされているか。そうした「今の空気」を読む力は不可欠だ。

身分不相応にも、関西有数の閑静な住宅街・夙川の3LDKマンションに1人で住んでいた僕。街の騒音はほとんど聞こえなかった。聞こえるとすれば、近所の子供の笑い声か、ピアノの音色だけだ。そんなのどかな、ご隠居的な暮らしを営むのは、僕にはまだ早かった。

最先端の街で、情熱的な人たちを目の当たりにし、良いことも悪いことも日本で一番インパクトのある場所で、僕はリスタートをする。ニュースをつくるのは、そこからだ。

くれぐれも解釈違いで「事件」という名のニュースをつくらないよう、気をつけたい。痴漢の冤罪なんて、嗚呼、笑えない。


六、恥をかきにいく


「東京に行けば、何かが変わる」

希望を抱き、夢を膨らませ、そして破れて山河あり。そんな人を目にすると「ほうれ、見ろ」と思う。

変わるのは、東京に行ったからではない。東京で何かをしたからだ。百歩譲って、何かをしようとしたからだ。

東京という街に、過度の期待を抱くな。と、希望と夢でパンパンの自分に、僕はイエローカードを掲げている。

東京という街では、市場規模から言っても出会う人間の絶対数から言っても、きっと多くのことを学べるだろう。しかし街が何かを教えてくれるわけではない。自ら吸収し、実践していくことでしか生き延びられない場に身を置いて、何かを「変えよう」とあがくことで初めて、結果的に何かを学んだことになる。

一番有効なのは「恥をかくこと」だ。

周りからすれば当たり前なのに、その「当たり前」ができない。そんなとき、人は恥をかく。そこで初めて、人は恥をかかないように努力する。成長する。生まれ変わる。

僕は東京で、恥をかいてこようと思う。血迷ってこようと思う。


四の五のどころか、六まで言ったけど、
とにかく上京することにしました。
おてやわらかに、よろしくお願いします。

2006.06.01
松岡厚志


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