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三、中央の視点に触れてくる
「大阪だから言いますけど」
テレビのコメンテーターが、東京の番組では言えないらしい爆弾話を関西ローカルの生放送で喋っている。
なかなか公言できない際どい話を口にする勇気には感服する。しかし前置きが気に入らない。
「大阪だから」とは、どういうことか。
実際のところ、日本は「東京とその他」で出来ている。
大阪の人は「東京と大阪とその他」で出来ていると思っているし、名古屋の人は「東京と大阪と名古屋とその他」で出来ていると思っている。
しかしどの地にも立脚せず、外国人の視点で日本を見つめてみれば、やはり日本は「東京とその他」で出来ている。政治しかり、経済しかり、芸能しかり。
そしてその傾向は21世紀に突入し、ますます拍車がかかっている。地方の時代が叫ばれる今もなお。
およそ1000万人が暮らす世界有数の都市、それが東京であり、その内部に根を下ろすものはあたかも自分が中心であるかのような錯覚に陥るのだろう。
だから「中心」を離れ、「ローカル」と呼ばれる地方局の番組程度なら際どい話をしたこともバレないだろう、どうせみんな聞いてないだろう、そんな感覚に支配されるのかもしれない。
全国放送でも、東京ローカルでも、関西ローカルでも「公共の電波」であることには変わりがない。「送りっ放し」と書く「放送」とはいえ、誰かが録画すれば半永久的に世の中に残るのに。
それでも、それでも、東京で暮らせば「中央」の感覚に染まっていくらしい、ということを、僕はコメンテーターから教わった気がする。
「大阪だから言いますけど」
よし、分かった。そんな「中央の視点」に触れてやる。実際に東京で暮らしてみて、そういう物言いに自分も陥ってしまうのかどうか、その場に潜り込んでやる。
だからもし、僕が東京色に染まり、そんな発言をする日が来ようものなら、革の表紙を開いて叱って欲しい。時々、遠くで。 |