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8.ヤクザと打ち解け事件
雛形くんは、風俗がオアシスだ。
さすがに既婚者になってからは回数が激減したようだが、独身時代はそれはもう頻繁に通っていた。雄琴を中心に、いかほどのお金を散財したかは本人にも分からない。一度トータル金額を計算させたことがあるが、あまりに莫大すぎて途中で投げ出してしまった。
そもそも結婚式を控えた数日前に40万円もする車のオーディオセットを奥さんに相談もせず購入し、こっぴどく叱られるような無計画性。そして金遣いの豪快さ。エロのためなら一層、お金に糸目はつけない。
そういうところもまた、「しょうがないなあ」と周囲に思わせる天然っぷりが発揮されている。
そういえば彼が愛されキャラであることを確信した事件がある。
それはある年の正月。忘れもしない、1月2日のことだった。高校時代の仲間が集まって、京都は木屋町へ。ほろ酔い気分になったところで、カラオケに行くのがいつものパターン。しかし年明けの晴れ晴れとした雰囲気が雛形くんを昂らせ、聞きたくない言葉を僕は聞いてしまった。
「じゃ、風俗行こうか」
なにが「じゃ」だ。なぜゆえ正月早々、風俗などに行かねばならぬ。
以前も雛形くんの「発情」に僕らは振り回されていた。最初に入ったお店では納得いかなかったようで、彼はとうとう2軒目をハシゴして、僕らは彼の「処理」が終わるまで店外で待たされたことがある。
しかも今回は、冬だ。おそろしく寒い、京都の冬の夜更けだ。待たされるのは勘弁だ。しかし「頼むから帰ろうぜ」という僕らの願いは聞き入れられず、とうとう僕らは彼の発情を鎮めるべく、しぶしぶ店探しに協力することになった。
1軒、見つかった。風営法の関係で風俗店は12時以降、営業できないはずなのだが、1軒だけ開いていた。おそらく「宿泊業」などと偽って申請し、法の網目をかいくぐっているのだろう。
「はよ行ってこい。すぐ帰ってこいよ」
階段を駆け上がる雛形くんの嬉しそうな後ろ姿が忘れられない。寒空の下、カイロもなく、彼以外は外でブルブル震えていた。雛形くんは気持ちよくてブルブル震えるのだろうが、僕らは今、苦痛以外の何物でもない。
そして「早く帰ってこい」という僕らの願いもむなしく、予定の40分を過ぎても雛形くんはなかなか外に出てこない。もしかして違法営業の店だからぼったくられているのではないか、ボコボコにされているのではないか。さすがに焦ってきた。
僕はエロ本の編集者をしている大学時代の友人に久しぶりに電話をかけ、アドバイスを求めた。京都の風俗事情に詳しい友人にも電話をかけた。いくらエロバカな男といえど、友達は友達だ。怖い事件に巻き込まれるのを見過ごすことはできない。
しかし話の途中で、ケータイの電源が切れた。僕の他にもうひとりいたが、そいつの電池も切れた。これはまずい。
不安はさらに増大する。店外であたふたする僕らの背後から、とあるオッサンがのそのそと歩いてきた。全身白のスーツ、金ぴかのネックレス、ウェーブのかかったヘアーに、色黒のいかついフェイス。誰がどう見てもヤクザだ。マンガでしか見たことのないヤクザ屋さんだ。
メドゥーサの目を見たかのように硬直してしまった僕たちは、白スーツに話しかけられた。
「ここ、開いとんか?」
どうやらこのオッサンも、風俗店を探していたらしい。どこも開いていなくて、ここにたどり着いたようなのだ。船着場かここは。
いま雛形くんがいる店は路地の奥にある。僕らは表通りからやってきたオッサンに逃げ道を防がれ、店とグルになって金を巻き上げられるものだと錯覚したのだが、どうやらオアシスを見つけた単なる発情馬のようだ。
白スーツとコミュニケーションを取るのも窮するし、かといって無視するわけにもいかない。どうしよう、どうしよう。明らかに動揺する中で、階段を下りてくる足音が聞こえた。
雛形くんだ。
心なしか身体から湯気が出ているように見えた、満足気に火照った表情の雛形くん。てめえ、オレたちはヘビに睨まれたカエルだぞ。ひとりだけよろしくやりやがって。そしてヘビの矛先は、雛形くんへ。
「兄ちゃん、どやった?」
「いや〜、良かったですよ」
「そうかそうか。ほなオレも行こかな」
「どうぞどうぞ。入口は階段を上がったところですよ」
雛形くんは、やっぱりバカなのだろうか。このオッサン、どう見てもヤクザじゃないか。なぜ動揺しない。ビビらない。むしろ仲間意識まで見せているのはどういうことか。ちょっと先輩風まで吹かせている、その余裕はどこからくるのか。
震え上がっていた僕らの方こそ、バカに見えた。しかも雛形くんが規定の40分で終了しなかったのは、友人を待たせているにも関わらず「延長してたから」という、どうしようもないエピソードのオマケ付きだ。
これが「ヤクザと打ち解け事件」。
雛形くんの長所は、人と打ち解けやすい気さくさにある。特にエロを共通点にしたときのフレンドリーっぷりは他の追随を許さない。
雛形くんの愛されキャラの本質を、僕はこのとき垣間見た。
つづく。

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