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21.代表の引退
僕はシネギミックからの完全引退を決意した。
うまくいっているように見えた3年間の道のりだったが、僕なりに思うところもあった。
理由はひとつふたつではない。西宮にシネコンが建設されることになったのも無関係ではない。早くから折り込み済みだったとはいえ「震災後初、西宮唯一の映画館をつくる」ことにこだわった僕には軽くないニュースだった。
しかし引退の一番の大きな理由は、シネギミックにおける僕という人間の存在価値だ。
中田英寿になぞらえるのはおこがましいが、彼と同様、僕の存在価値は「メッセンジャーであること」だったように思う。ひとつの形を目指して目的や意義、理想を内外に繰り返し発信し続けることが僕の役割だった。
ひとつの形とはもちろん「西宮に映画館をつくること」だ。
だが、ある女性との出会いをきっかけに結成され、予想以上に拡大していったシネギミックという組織は、もはや僕だけのものではなくなっていた。ひとつのゴールを目指して集った20余名のメンバーの一部であり、彼らが紡ぎだす野外や屋内の「映画空間」を共有する人々の財産になっていた。
だから「西宮に映画館をつくる」のが僕自身であるかどうかは、この際、大きな問題ではない。
もちろん、僕という人間に「心を投資」してくださった方々のことを思えば、今でも胸が締め付けられる。彼らの気持ちを踏みにじったのではないか、裏切ったのではないか、という疑念にかられることもある。巻物に署名してくれた多くの方々にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
しかし、僕という人間がいるから成り立つ、という組織では発展性がない。僕がいなければ成り立たない、というシステムでは破綻は目に見えている。
僕は0を1にはできるが、1を10にはできない。生来の「立ち上げ屋」だ。「一寸先の未来」を楽しめる頃は良かったが、それなりの組織がそれなりの事業をする規模となると僕では不十分だ。
このままでは、僕も、シネギミックも、ダメになる。
発起人として「顔」であり続けた僕が、未来永劫、顔であり続ける必要はない。シネギミックというチーム自体が、それらが織り成す活動自体が「顔」にならなければいけない。
脱皮する時期なのだ。
シアターギミックというイベントは、失敗でもあり成功でもあった。「またやりたい」と思う人もいれば「もう懲り懲り」と思う人もいた。僕の中で見えてきたのは、次の3点であった。
・映画館をつくる道のりは、やや遠い
・しかし可能性はゼロじゃない
・ただ、今のままでは絶対にできない
先陣を切って走ってきたからこそ、自信を持って言える。そして僕という人間の居場所は、ここにはもうないということも。
今を変えなければならない、何かを変えなければならない。その宿題への取り組みは、もはや僕しかできないことではない。
シアターギミックは、確かに映画館だった。1ヶ月間だけだったけど、確かに西宮に存在した、震災後初の映画館だった。今の僕にできるのはもう、ここまでだ。
そして3年間、夢中で駆け抜け、かけがえのないものを得たと同時に行き詰まりを感じていた僕が用意したチームへのカンフル剤は「代表の引退」という小さくない宣言だった。
つづく。

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