世界初、自分のファンクラブをセルフ・プロデュースしよう


この企画は2006年5月より「無期限停止」しています



1.ファンクラブが欲しい


「オレ中学のときファンクラブあったんよ」

人は時として、過去を5割増しに表現する。おじさんの「昔はワルだった」なんて典型的だ。だから、そんな友人の言葉を僕は額面通りには受け取らない。

しかし誇張であるにせよ「かつて自分のファンクラブが存在していた」と言えるのは、ちょっぴり羨ましい。本当の「クラブ」じゃなくっても、せいぜい2〜3人の女子が騒いでいた程度だったとしても、男としては悔しいくらいに羨ましい。

かつての僕は、モテたいなんて思わなかった。そもそもモテるとも思えず、だからモテるための「何か」をしてこなかった。

ほんと?

今思えば、それはウソだ。自分にウソをついている。僕だってモテたかったはずだ。思春期はそんな思いを口にすることすら赤面もので、素直になれ切れなかっただけだ。

でも「いい歳」になって改めて思う。やっぱり自分もモテたかったんだと。周りにチヤホヤされたかったんだと。

男の動機はだいたい「不純」である。ギターもオシャレもサッカーも、「女子にモテたい」という一心が僕らを突き動かしていると言っていい。

僕も男の端くれだ。そしてもう、自分にウソはつきたくない。

だから高らかに宣言する。

「僕も自分のファンクラブが欲しい」


つづく。


2.厚かましい志で創設


本来「ファンクラブ」とは、人が有名になるにつれて自然発生するもの。当初は数名の「応援仲間」から始まり、徐々に拡大していって、組織立っていくものだ。

しかし僕は、厚顔無恥な行動に出た。

自然発生のプロセスをすっ飛ばし、無名人なのにいきなり「自分のファンクラブ」を世の中に誕生させた。しかもすべてを自らプロデュースしたのである。

「Atsushi Matsuoka Fan Club」

その創設に伴い、会の特徴と入会特典を大々的にリリースし、同時にファンの募集をウェブサイト上で開始した。2005年の2月のことだった。


【会の特徴】

●無名人によるセルフプロデュースのファンクラブ

●松岡厚志の公式ファンクラブとしては世界唯一

●特典内容は要望に応じて進化


【入会特典】

●特製グリーティングカードを進呈

●握手会の実施(たぶん)

●松岡厚志と行く2泊3日の旅とか実施(たぶん)

●33年後に自慢が可能


なぜ「33年後に自慢が可能」としたかは思い出せない。恐らく27歳になる年の33年後、定年にあたる60歳の頃には「芽が出ている」と踏んだのだろう。

先物買いにもほどがある。

名は体を表すと言うが、あまりにも志が厚かましすぎるぞ厚志。でもいいや、確信犯だから。こうやってバカな発想を形にするのが面白いのだから。

しかしこのリリース直後、予期せぬ出来事が僕を襲うことになる。


つづく。


3.会員No.01は2歳女子


「別に入ってもいいけど、なんかグリーティングカードとか送るのはやめて。家族に『これ何?』って言われるから。封筒にして、封筒に

MYファンクラブへの入会を友人に薦めると、こう言い放たれた。実家暮らしの方には配慮をせよということか。家族に見せるのが恥ずかしい男、それが僕。ガラスのハートが砕けそう。

しかし奇跡が起こった。なんと無名人のファンクラブに対し、入会希望者が現れたのである。

ウェブサイト上には「ただいまのファン数0人」と、ウソ偽りなく公表していた。この半永久的に続く「0人」こそがむしろ面白いと思っていた。

ヒロシ風に言うと、

「アツシです……。ファンクラブを作ったのに、誰も入会してくれないとです……」

という自虐的なデイズを笑いに転化できると思っていたのだ。

ところが、だ。いきなりリリースの翌日に、めでたく「自分のファン」が誕生したのだ。

それは2歳の女の子だった。

ウェブサイトを見て「この人、カッコイイ」とはしゃいだそうな、無垢な少女。その思いを汲み取って、娘の気持ちを代筆してくれた親御さん。メールボックスには、こんなメールが届いていた。

「がんばって大きくなるから、あと15年ぐらい待っててね!」

そのころお兄さんは厄年を迎えるおじさんになっているけど、それでもいいかしら?

その後迎えたバレンタインデーには、アンパンマンのチョコレートまでいただいた。いきなり僕は世代を超えて愛されてしまったのだ。

これは予想外の、そして嬉しい出来事であった。


つづく。

4.ブログとしてリスタート


「だって、欲しかったんだもん」

そんなノリだけで誕生したファンクラブ。ファンの数はわずか数日間で4人に上った。あり得ない。

中には男性も含まれていたが、この際気にしない。「女子からのモテ」はともかく「愛される」ということが僕にとっては重要なのだ。

それにしても、我ながら馬鹿げた企画。ファンとして名乗りを挙げてくれた4名も、そのお祭りに乗っかってくれたわけだ。

勢いで始めた個人サイトのコンテンツだったが、その勢いは止まらない。とうとう「渋谷で働く社長」で有名なS社に見初められ、ブログ企画としてリスタートすることになった。

題して、

「ぼくのファンクラブ 〜世界初、無名人によるセルフ・ファンクラブ創設にっき〜」

これはインディーズの人間がメジャーレーベルと契約を交わしたようなものだ。

無名であることは変わらないまま、それでいて活躍のステージが用意された形。「僕の人生、どうしてこうなっちゃったんだろ」という疑問はさておき、僕はその厚顔無恥ぶりをますます発揮していった。

ブログの更新は、ほぼ毎日。例えばサインの練習や名刺の作成などのプロセスをブログで面白おかしく綴っていきながら、ファン1万人獲得への道のりを歩み始めた。

このブログには「読者になる」という独自のシステムがあり、それを利用して「ファンになります」という意志を表明してもらうわけだ。

繰り返すが僕は無名。しかし、じわじわとファンの人数が増えていった。1人、そしてまた1人。「ファンにならせてください」といったメッセージ付きで反響が寄せられる。ならせてくださいとはまた光栄な。

期間内にファンの人数が100人に達しなければ「ぼくのファンクラブ」から「ぼくのファンクラブー」に改名せよ。そんな企画にもめげず、無事100人をクリア。ファンの中には現役の女性タレントもいたから驚きだ。

こうして「ぼくのファンクラブ」はブログとして華々しいデビューを飾った。


つづく。

5.成功しちゃったお誕生日会


ブログは黎明期からずっと何かを「面白がる」という風潮にある。だから悪ノリとも言える「無名人のファンクラブ企画」は、それなりの反響を得ることができた。

ただ、これらはあくまでブログ上に限ったものだった。バーチャルの場で繰り広げられる「お祭り」にすぎなかった。だから僕はこの反響が単なるブログを飛び越えて、どこまでリアルの場にも波及するのか確かめてみたくなった。

まず仕掛けたのは「お誕生日会」だ。

ストーリーは出来上がっていた。僕の中では「ね、誰も来 てくれなかったでしょ」とオチは決まっていたのである。しかし勢いというのは恐ろしいもので、本当にイベントへの参加者が現れた。

「ドキ! ファンだらけのお誕生日会」

そう題した初のリアル・イベントは「失敗こそが笑いになる」の理論で進められた企画であった。失敗するなら、本格的に。ヒロカジュという名の専属マネージャー(実はライター友達)も奮闘してくれ、イベント準備に抜かりはなかった。

ところが、またも「ところが」である。お誕生日会への参会者が4名も現れてしまったのだ。しかもみな20代から30代のOLのみなさま。ブログ上で「スター」と持て囃されたりと交流を重ねてきたことの積み重ねが、こうした結果を生んだのだろう。

S社のスタッフが手配や撮影のサポートをする中、僕と4名のファンがビジネスビルの真ん前で感動のご対面を果たす。マネージャーのヒロカジュはスーツ姿でキメている。向かうは大阪・梅田の阪神百貨店だ。

「スター」は形から入るもの。僕は少し派手めのシャツにサングラスで着飾って、少し有名人きどり。ファン4名とマネージャーを含むスタッフ合わせて10名超の謎の集団は、百貨店でぞろぞろと「スターへの誕生日プレゼント」を探し始めた。

面白いのは、普通に百貨店のフロアで買い物をしていたお客さんの反応だ。明らかに異様なこの光景に、

「ねえ、あの人誰? 有名人?」

そんなひそひそ声が漏れ聞こえてくる。ざわついているのだ。

これは、無名人が有名人の気分を味わった瞬間だった。と同時に、無名人でもこのように「有名人ごっこ」をすれば、誰でもスター気分を味わえるということが分かった。

イベントの締めくくりはファンとの親睦を深める「スターとの撮影会」。僕の衣装はブログ上で「関西のスターなんだから」と勧められ自腹で購入したヒョウ柄のワンピース(たぶん婦人用)。撮影中に「これ、トラ柄じゃない?」と指摘されたことは、もう忘れてしまいたい。


つづく。

6.握手&サイン会その1


失敗を笑いに変えるはずが、意外にも成功してしまったお誕生日会。更なる勢いに任せ、次のリアル・イベントを僕は仕掛けた。これまたセルフ・プロデュース。

題して、

「ストリート・ファンクラブ2005summer 〜握手喝采〜」

タイトルからしてライブ・ツアーっぽいそれは、かねてからやりたいと思っていた「路上握手会」。サイン会との同時開催という形で、ついに実現の運びとなった。

準備にまたも抜かりはない。今度は「失敗を笑う」のではなく「成功に本気すぎる笑い」を目指す。

当日に向けて、まずは合言葉を考案した。スターのニックネーム「あちゃお」にちなみ、イタリアっぽく「あ、チャオ!」の挨拶をブログ上で発表した。これは握手会会場でファンとスターだけが交わす秘密の暗号だ。

続いて「A−CHAO親衛隊」を結成することにした。お誕生日会参加メンバーは「名誉ファン」と位置づけ、一方でファンクラブの活動そのものに参画し、寄与してくれるメンバーを新たに募集したのだ。

親衛隊参加の特典は、スター自らデザインを手掛けたオリジナルTシャツの進呈。白いTシャツの胸の辺りには「because Wanted」なるコピーがあしらわれていた。これは僕のファンクラブのキャッチフレーズ「だって、欲しかったんだもん」を、文法まるで無視で英訳した形だ。

続いてグッズの作成。自分で自分のファンクラブを作った罪で「WANTED」された顔写真(目線アリ)入りのティッシュ。これを路上で配ることで握手会の宣伝も兼ねるわけだ。

さて、当日。

場所は『探偵!ナイトスクープ』の路上インタビューでもおなじみ、阪急百貨店と阪神百貨店をつなぐ梅田の歩道橋。ストリートライブが開催されることも多い、ある種のメッカである。

その一角に僕やマネージャーのヒロカジュ、S社のスタッフ、そして親衛隊が陣取った。握手会&サイン会がついに始まった。


つづく。

7.握手&サイン会その2


「写真、撮ってもいいですか?」

東京から撮影旅行に来たというカメラマンの女性が、歩道橋の一角に腰掛ける僕に声をかけた。訪れるファンに握手し、サインを書く無名人、という奇妙さが彼女の「被写体」になる理由だった。

親衛隊のみんなと力を合わせて作った紙製の看板を前に、一見物乞いのようなスタイルの僕。タタミ一畳分程度の「会場」を華やかにすべく、こんな踊り文句も所狭しと並べられていた。

「ファンクラブ始めました」

「将来有望」

「まだ無名」

ブログを読んで駆けつけてくれたファンや僕の友人を中心に、一方でたまたま通りがかった方にもサインを求められた。お返しにシールをくれた不思議少女などもいて、なかなか楽しい時間を過ごしていた。

やはり人と人とが交流するなら、ブログはきっかけこそなれ、リアルの場で実際に接することが大事だよなと痛感するに十分だった。

こんな女性も現れた。年配の、いかにもな大阪のおばちゃん。ずんずんと僕のブースに近寄ってきては、

「あんた誰なん?」

「そんな誰かも分からん人のサインもろても嬉しないわ」

「ティッシュなんかいらん。何入ってるか分からんやん」

などと罵倒しまくるのだが、顔はそれほど嫌そうでもない。むしろ「アホな兄ちゃん」を見守る微笑みすら感じさせた。事実、ぶつくさ文句言いながら、結局10分以上も話しかけてきたもの。

口は悪いが、心は温かい。大阪人の典型だ。サインはもらってくれなかったが、それでもいい。素通りされるよりはいい。

さすがに「ファンが押し寄せる」ほどの知名度はなく(だって無名人だもの)さりとて大勢の通行客にスルーされるのもシャク。「握手しませんか?」というプラカードを慌てて作成しては頭上に掲げ、道行く人が「プッ」とウケてくれただけでもガッツポーズをしたものだ。

こうして僕の初握手会&サイン会は終了した。いつか僕のサインがプレミアになるよう、無名人から有名人への道を歩む決心がついた珍イベントだった。


つづく。

8.ファンクラブを作ってみて


2006年5月、MYファンクラブの無期限停止を決断した。

仕事の都合上、関西の地を離れることになったため、中途半端に「スター」はできないと苦渋の思いで下した判断だった。いつか復活するかもと含みは残しつつ、約1年間の活動に終止符を打った。

そもそもの意図は「有名人とは何か」を探る旅であった。

インターネットの劇的な普及は、それまで放送や出版に限られていたメディア機能が一般に開放されたことを意味していた。マスかそうでないかの違いはあれど、表現の場であり、他者に情報を媒介するという営みが一般的なものになったわけだ。

また、テレビや出版物などメディアに登場する人物は「芸能人」と呼ばれる名の知れた人であるのが常だった。素人参加番組などは例外として、有名であることが生業である人たちのステージとしてメディアは機能していた。

今でもそれは変わらないが、インターネットはそうしたステージに近いものを用意し、メディアに出たら有名人、そうでなければ無名人という垣根を取っ払い始めた。インターネットから有名人が生まれるケースも出始めた。無名な個人がブログでニュースを発信する時代に突入した。

ここで僕の疑問は沸点に達する。

「有名ってなにさ、無名ってなにさ」

その答えを探る悪ノリの小旅行に読者を誘いつつ、「有名人とは何か」を自分なりに考えてもらいたかった、というのが本企画の発端だったのである。

 

有名人は「有名税を支払う」のだという。もちろん本当に金銭や物品をお上に納めるという意味ではない。有名人であるがゆえに被る誹謗中傷や名前を利用されるなどの迷惑を税金に見立てて表現されたエスプリだ。

僕もこの活動を始めてから、多くのファンや読者に支えられた一方で、

「きも。sineyo」

などとコメントされたこともある。これもある意味「有名税」なのだと思うと、今ではいい思い出をもらった気がして感謝すらしている。

ファンクラブに参加してくれた人たちも、中傷してくれた「反クラブ」な人たちも、付き合ってくれて本当にありがとう。

かくして「無名人がファンクラブをセルフ・プロデュースする」という企画はひとまず幕を閉じた。

ああ、楽しかった。


おわり。

■「ぼくのファンクラブ」公式ブログ(更新終了)
 
http://fanclub.ameblo.jp/


2006.10.10
松岡厚志


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